不足金と追証は別物である。急変時に何がいつ請求されるのか|2026年9月版
証拠金を超える損失は起きないと思っているうちは、まだ甘い。しかも請求は二種類あり、発生する場面も期限も違う。片方は建玉が生きているうちに、もう片方は切られた後に来る。

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ロスカットがあるから最悪でも預けた分で済む。この理解のまま何年も取引している者がいる。そして相場が窓を開けた朝、口座がマイナスで止まっているのを見る。
結論を先に置く。証拠金を超える請求は二種類あり、片方は建玉が生きているうちに、もう片方は切られた後に来る。前者は内閣府令が定める不足額の追加預託、後者は自主規制細則が定めるロスカット未収金だ。呼び名は会社ごとに揺れるが、条文上の概念は明確に分かれている。この記事では、その二つを切り分け、実際にいくら発生しているかまで叩き込む。
言葉が二重になっている
混乱の原因は用語にある。金融先物取引業協会は、証拠金規制の解説ページで、判定時刻に足りない額を「不足金額」と書いている。一方、同協会のロスカット細則は、切られた後に残る債務を「ロスカット未収金」と呼ぶ。「不足」という語が二か所で使われ、業者の画面では「追証」「不足金」「未収金」が混ざる。
だから名前ではなく、いつ発生するかで覚えよ。
| 比べる軸 | 判定時刻に生じる不足額(いわゆる追証) | ロスカット未収金(いわゆる不足金) |
|---|---|---|
| 根拠 | 金商業等府令 第117条第1項第28号 | 金融先物取引業協会 ロスカット取引関係の細則 第2条第7項 |
| 発生する瞬間 | 営業日ごとの証拠金率判定時刻 | ロスカット取引による決済のとき |
| そのとき建玉は | まだ生きている | すでに無い |
| 求められること | 不足額の預託、一部決済、または全部決済 | 証拠金を上回った損失額の支払い |
| 期限 | 速やかに(事務処理に通常合理的に必要な期間内) | 会社の定めによる |
判定時刻は、会社が決めた一日一回以上の点検である
証拠金率判定時刻とは何か。金融先物取引業協会の説明を引く。
証拠金率判定時刻は、例えばニューヨーク・クローズ等、業者等の判断により業者等ごとに定めることが可能であり、また、顧客ごとに定めることも可能でありますが、少なくとも1営業日に1回以上定めるものであり、業者等が恣意的に変更することなく、継続して適用することが求められます。一般社団法人 金融先物取引業協会「個人顧客を相手方とするFX取引に係る証拠金規制」
この時刻に実預託額が必要証拠金額を下回っていれば、不足額が確定する。会社が取れる手は三つだ。顧客に預託させるか、既存取引の一部を決済させるか、全部決済するか。追加の証拠金を求めず直ちに強制決済する方式も認められているが、その場合はあらかじめ顧客に説明し合意を得ていることが前提だと同協会は書いている。自分の口座がどの方式かは、契約締結前交付書面に書いてある。
相場が戻っても、追証は消えない
ここが最も誤解されている。金融先物取引業協会は、具体例を二つ挙げて説明している。米ドル・円を100円00銭で1万米ドル買い建て、判定時刻の午前7時に99円00銭だった場合、不足金額は1万円になる。
ケース2。期限を迎えた時点でさらに円高が進み、1米ドル98円00銭になっていた場合。評価損は2万円に膨らむが、その時点では判定時刻に計算された1万円を充当すれば足りる。
同協会はこの扱いの理由を、こう書いている。
相場の変動による建玉の評価損の回復を待つといった運用は適当ではなく同ページ
不足額は判定時刻の一瞬で確定し、その後の相場では取り消されない。「もう少し待てば戻る」という判断は、規制の設計上そもそも許されていない。
ロスカットと判定時刻は、別の仕組みである
一日一回の判定さえ通れば安全か。違う。同協会は釘を刺している。
これは1日1回以上定めた時刻において取引の額の4%以上の証拠金を預かっているかを確認することを求めるものであり、1日1回ロスカット水準に達しているかどうかを判定すればいいということを意味しているものではありません。同ページ
ロスカットの監視は判定時刻と無関係に走る。同協会のロスカット取引関係の細則第3条第2項は、実預託額が取引額の4%以下となる場面では監視間隔を原則1分以内とするよう定めている。不足額の充当を求められている最中でも、水準に触れればロスカットは執行される。維持率の計算そのものは証拠金維持率の実計算で扱った。
切られた後に残るもの。それがロスカット未収金だ
細則の定義を引く。
「ロスカット未収金」とは、顧客が会員に支払わなければならない金銭のうち、顧客の取引がロスカット取引により決済されたときの損失が、当該顧客が預託する証拠金額を上回ることにより発生するものをいう。同細則 第2条第7項
建玉はもう無い。損失は確定している。残っているのは会社に対する債務だけだ。同細則第4条第3項は、ロスカットが行われる場合であっても証拠金額を上回る損失が発生する可能性を、あらかじめ顧客に説明せよと定めている。同協会のロスカット・ルールの解説ページも、注記で「ルール通りにロスカット取引が行われた場合であっても、相場の状況によっては顧客から預かった証拠金以上の損失の額が生じることがあります」と明記している。
実際にいくら発生しているのか
推測は要らない。金融先物取引業協会がロスカット等未収金発生状況として、相場急変日ごとの速報値を公表している。個人の分を並べる。
| 相場変動日 | 発生件数(個人) | 発生金額(個人・百万円) | 1件あたり(当方計算) |
|---|---|---|---|
| 2015年1月15日(スイスフラン) | 1,137件 | 1,948 | 約171万円 |
| 2015年8月24日 | 4,999件のうち個人4,820件 | 828 | 約17万円 |
| 2019年1月3日 | 6,389件 | 808 | 約13万円 |
| 2021年3月22日(トルコリラ/円) | 3,444件 | 1,375 | 約40万円 |
2015年1月15日 1,948百万円 ÷ 1,137件 = 約171万円
2015年8月24日 828百万円 ÷ 4,820件 = 約17万円
2021年3月22日 1,375百万円 ÷ 3,444件 = 約40万円
件数が最も少ない2015年1月15日が、金額では最大になっている。1件あたりで見ると、2015年8月24日の約17万円に対し、スイスフランの日は約171万円。およそ10倍だ。件数の多寡は被害の大きさを表さない。少数の口座に、桁の違う請求が来た日があったということだ。
平常月はほぼゼロ。だが一日で桁が変わる
同協会は月次の速報も出している。2026年の個人の分だ。
| 年月 | 発生件数(個人) | 発生金額(個人・千円) |
|---|---|---|
| 2026年3月 | 26件 | 281 |
| 2026年4月 | 6件 | 222 |
| 2026年5月 | 2件 | 19 |
| 2026年6月 | 0件 | 0 |
| 2026年7月 | 45件 | 5,342 |
2026年6月は個人・法人ともゼロだった。ところが翌7月には45件・5,342千円。1件あたりで約12万円になる。五か月のうち四か月は静かで、一か月だけ跳ねる。これが未収金の姿だ。静かな月を見てもう起きないと結論する者から順に、跳ねた月に名前が載る。
凪の日が続いたことは、風が止んだ証拠ではない。証拠になるのは、風が吹いた日にどれだけ立っていられたかだけである。
請求されたらどうするか
まずは取引先の契約締結前交付書面と取引説明書を確認し、支払期限と算出根拠を照合せよ。金額や執行の妥当性に納得がいかない場合はどうするか。金融先物取引業協会は、苦情処理と紛争解決の業務を特定非営利活動法人証券・金融商品あっせん相談センター(FINMAC)に委託している。窓口は同協会の投資家向けページから案内されている。
支払わずに放置する選択肢は無い。細則が定めるとおり、これは「顧客が会員に支払わなければならない金銭」である。損失の税務上の扱いについてはFXの税金と確定申告の基礎で扱っている。
道場の心得:二つの請求を、別々に備えよ
三つに凝縮して叩き込む。
- 判定時刻を知っておけ。会社ごとに定められ、少なくとも1営業日に1回以上。そこで確定した不足額は、相場が戻っても消えない。
- ロスカットは監視間隔が別に走る。不足額の充当中でも水準に触れれば執行される。判定を通れば安全という理解は誤りだ。
- 未収金は現実に発生している。2015年1月15日は個人1,137件で1,948百万円。1件あたり約171万円だ。低レバで建てる理由は、この数字の側にある。
よくある問い
- 追証と不足金はどう違うのか。
生まれる場面が違う。内閣府令が定めるのは、証拠金率判定時刻に実預託額が維持必要預託額を下回った場合に不足額を預託させる義務であり、この時点では建玉がまだ生きている。一方、金融先物取引業協会の細則が定める「ロスカット未収金」は、ロスカット取引で決済されたときの損失が預託した証拠金額を上回ることにより発生する債務で、建玉はすでに無い。
- 相場が戻れば追証は取り消されるのか。
取り消されない。金融先物取引業協会は、期限までに相場が好転して評価益が出ている状況になったとしても、判定時刻に計算された不足額は充当する必要があると説明している。同協会は「相場の変動による建玉の評価損の回復を待つといった運用は適当ではなく」とも書いている。
- 証拠金率判定時刻はいつか。
会社ごとに違う。同協会は「例えばニューヨーク・クローズ等、業者等の判断により業者等ごとに定めることが可能」と説明しており、少なくとも1営業日に1回以上定めるものとされている。顧客ごとに定めることも可能で、恣意的に変更せず継続して適用することが求められている。
- 未収金は実際にどれくらい発生しているのか。
同協会が件数と金額を公表している。個人の発生件数と金額は、2015年1月15日のスイスフラン急変時が1,137件・1,948百万円、2015年8月24日が4,820件・828百万円だった。月次では2026年6月が0件、2026年7月が45件・5,342千円である。
まずは取引先の契約締結前交付書面を開き、証拠金率判定時刻が何時かを探せ。次に、不足額が生じたときの扱いが追加預託なのか自動決済なのかを確かめる。この二つを知らずに建てているなら、いま知れ。今日の稽古は、そこから始めよ。